2001年7月24日
気付けば夏も本番。暑い暑い。
どうやらそんな暑さに刻色館は病気が流行。それぞれがそれぞれ
身体的な病を抱え、テンションが押さえ気味である。
ここはひとつ、なりちんゆーじの健康君たちに盛り上げていただくことにしましょう。
まず手始めに無意味なハイテンション。
続いては刻色館初のダンスユニット「恥じらい」。最後は耳掻きあい。

ヒンドゥーが終わってからというものすっかりフヌケになってしまいがちの
オリンピック症候群を打破したい所ではあるが、どうにも胸の痛みを
言い訳にしてしまいがちだ。自分の身体は自分がいちばんわかってしかるべき
ことであろうが、どうもそうではない。
骨というよりはむしろ内臓なのではと勘ぐると、すっかりそうなのだと思ってしまう。
いや事実そうかもしれん。
ひと月ほど前、ここにもすっかりご無沙汰な承嬉くん(趙のこと)に手相を
見てもらった所、「病気に気を付けろ」と言われていた。
それが今や何と。病は気からですが、その「気」の再構築を模索するにもどうにも。
いかんことはわかっているがどうにも。

最近は以前自分が取り図っていた生活スタイルをまったくとっていないことに気付く。
テレビも見ないし映画も見ない。本も読まなくなったし言葉も発しなくなった。
日々の積み重ねも底をつき、最安値更新。
確かにヒンドゥー公演により脱己(だつおのれ)は経たものの、
次なる自分を未だ見出せずにいる。過去を取り戻すつもりはさらさらないが、
脱して放り込まれた砂漠から抜け出せないままだ。
これが秋口あたりだったらおだやかに、街の色彩楽しみながら落ち着いて呼吸リズムを
整えるのだが、夏だけにそうもいかない。
景色はまぶしくて頭も回転せず、そういう時は身体で考えるところが
身体も言うことを聞かない。
たぶん、しっかり休養して体調を元に戻すのがいちばん利口な方法であろう。
でも、でもね、あんまり時間もないんですよ。若い時の夏はもうわずかです。
じゃあムダなことはするなってハナシですよね。まったくもってその通り。
何もコトバは出てきません。
この淀み取り払うにはとりあえずコトバを発する所から始めてみることにしてみます。

そう、気付いたらこの日記にはまだ2回目の記入なんですね。
それも7月3日以来。何たる怠惰。日記大臣失格。
なので今現在日記大臣は不在となっております。
ので、ここはひとつ、ユージくんにひと肌脱いでもらうことにしました。
J-Phoneの仕事を彼から受け継いだように、彼が受け継ぎました。とても楽しみです。
でもうかうかしているとその座もすぐさま奪われてしまいます。下剋上な世の中です。
一所懸命、一生懸命、生死の狭間を垣間見ると変わるものだと思います。
ビートたけししかりデビッド・クルサードしかり、
死の淵から這い上がってきた人は尋常ではない力を発揮します。
という意味でも今後の久我氏の活躍には期待です。
きっといや必ずモテモテマキトが将来訪れるでしょう。
と、僕の肩に乗っているトムが言っていました。
トムは中々の二枚目で、最近少しばかり背が高くなりました。
おかげで体重も増え、僕は右肩下がりです。
左肩にもどなたか乗って頂いて、バランスをとらなければ。
リズムとバランス、軽やかステップ。
ワン・ツー・ワン・ツー。

今日、今年初のけやき公園プールに行ってきました。
夕方でしたがそれなりの人。でもまあ泳ぎ辛いという程ではなく、
胸の痛み気にしながら黙々と泳ぎました。
海でもそうですが、特にプールで泳ぐと感じることがあります。
25m、例えばクロールでぶわっと泳ぎきる、と、時間の感覚が変わるんです。
水中にいる時と顔を上げたときの時間の密度が違う。これって不思議です。
25mが一瞬で終わる。何でだろう。何でかな。

そう、子供の頃はよく「なぜ?」って思いました。
あらゆることに疑問を感じていました。
なせ走ると息が切れるのか、
なぜピーマンは「苦い」っていうコトバの味なのか、
なぜ耳たぶはやわらかいのか、あらゆることにです。
でも最近そうではありません。
たくさんの経験なり時間の経過を過ごしてきたせいか、「あたりまえ」と解釈します。
あるいは麻痺してしまいました。
でも不思議なぜだろう そんな経験も時の流れも一瞬でした。何でかな。

たぶん「なぜ?」と思っても、物事は次から次へとやってくるんです。
だから「なぜ?」と思うより次へ進もうと、
思うことを放棄してしまうんだと思います。
あまり一箇所に立ち止まっていても、この目まぐるしく回りつづける世の中の動きには
ついていけない。そうでなくてもついてはいけないのに。
それが情報資本主義の世の中。情報は次々と消費され、消費され、消費される。
その消費の段階でいかに自分のものにするか?
ただ消費する消費しているだけでは情報資本主義な世の中に消費されているだけです。
世の流れはリサイクル。あるいは自然回帰。
でもそいつぁ無理だと思います。
自然回帰ったって今更ジャングルに住めといわれても。
クーラーなしで夜眠れといわれても。心身は慣れてしまいました。
慣れ脱出はモノによるけど困難です。
失ってみて初めてわかるありがたみ。その存在感―不在の存在感。
都会が一週間ぐらい大停電になったら、確かに大混乱大パニックでしょうが、
少しは世の中良くなるんじゃないかなと思います。
エイズに感染した患者の心情がたどる4つの段階は、
恐怖、否定、怒り、そして受諾。


ひい


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