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八百屋の主人
古くから商店が建ち並ぶ通りがあった。 たくさんの人はいないながらも、 天気の良い日にはそれなりの活気があった。 ある日、八百屋の主人が、月の声を聞いた。 満月だったそうだ。 「商店街により活気を」と。 縁側で、眠れぬ宵に涼んでいたらしい。 早速次の日から八百屋の主人は始めた。 まず魚屋の主人と相談し、商店街の組合を作った。 より人を呼ぶために色々なアイディアを出した。 安売り、餅つき、福引。 商店街の通りの名を、銀座の街にちなんで「銀座通り」にした。 活性化の試みは成功し、より多くの人が集まるようになった。 周辺にこんなたくさんの人が住んでいるのかと 驚くほど多くの人が集まった。 銀座通りの周りには徐々に家が建ち並ぶようになり、 町はより大きくなった。 八百屋の主人は商店組合の組合長としても活躍し、 都会から取材が来たりもした。主人は取材のため初めて背広に 腕を通したが、その違和感は周囲にも笑いを呼んだ。 何年か経ち、商店街の活気も落ち着くと、 ちょっと外れた場所にスーパーストアなるものが出来た。 スーパーストアの店長は八百屋の次男だった。 主人は組合長としてあるいは親として非常に頭を悩ませたが、 最終的にはお互いを尊重し合い共存する方向に進んでいった。 再び何年か経ち、八百屋の主人も長男に店を預け隠居生活に入った。 隠居生活の彼は店の裏に小さな畑を拵えた。 そこに彼は種をまき、野菜を育てた。それは彼とって何十年来の ささやかな夢だったのである。本当に小さな畑だったので そう多くの野菜は育てられなかったが、彼はそれでも満足だった。 育てた野菜を長年連れ添った妻に料理してもらい、 一品増えた酒の肴に舌鼓を打った。 息子たちにも子供ができ、老翁として余生を 満喫するつもりであった。 が、ある日、海岸にスーパーストアをしのぐ、デパートと呼ばれる 建物が出来た。全国に名を連ねるくらげデパートチェーンだった。 商店街の古い気質から次第に客は離れていき、 しまいには周りの商店が次々と店を閉めだした。 世代交代した八百屋と魚屋だけが最後まで頑張ったが、 次男がスーパーストアをやめるといった時に、長男もあきらめた。 商店街は死んでしまった。 八百屋の主人は足が不自由になり車椅子での生活となった。 おかげで菜園も不用品置き場になった。 88の誕生日を迎えた老主人は、 コンピューターなるものに夢中の孫に連れられて、 ある日くらげデパートに行った。 デパートに行くのは嫌だったが、 もはや反対する気もなかった。 気が遠くなるほどの自動車が並ぶ駐車場に降り、 驚きの連続を感じながら老主人は店内に連れられていった。 きらきら輝く店内の照かり、色彩鮮やかな商品、行き交うたくさんの人々、 心地よい音楽、笑顔、笑い声。 老主人は目を見開いた。自分が長年夢描いていた光景がそこにはあった。 彼は声にならない声を発し、ゆっくりと両手を前に差し出した。 立つことが出来ないはずの彼が立ち上がった光景に、 孫はひどく驚いた。その驚きは身を硬直させた。 本当に驚いたとき、身体はいうことを聞かないだということを孫は初めて知った。 目の前の祖父はぷるぷる震えながら立ち上がった。 声にならない声を孫が耳にするかしないかのその瞬間、 老主人はがくんと崩れ落ちて息絶えた。 野菜売り場が彼の死に場所だった。 その孫っていうのが、僕。 |
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