ひい

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新宿駅南口のまなざし

暑い夏のことだったか、新宿駅南口で人と待ち合わせをしていた。少々早めに 着いたので柱に背を預け、人の流れから停泊していた。

人の流れの対岸に宝くじ売り場があって、その中にふたりのおばあちゃんが座 っている。 ふたりは何か喋っている。ずぅーっと喋っている。いったい何につい て喋っているのだろうかと、勝手に考えてみる。
天気について。差し歯について。旦那について。孫について。金融ビッグバン について。 昨今の国家間紛争について。都会のカラスについて。カラスを3匹抱 いて地下鉄に乗る老人について。 地下鉄大江戸線新宿駅の社会主義的地下の深さ について。東京ドームのビール800円について。 バイオ技術の発達により自分 の背中で人間の耳を培養させられるネズミの気持ちについて。 インディアンの自 殺率について。キリンのセクシーな後ろ姿について。オッペンハイマーの苦悩について。 しまうまのしまについて。あるいは宝くじが当たったらどうするかについて。 宝くじ売り場で働くおばあちゃんが、宝くじが当たったらどうするかにつ いて議論しているっていうのはなかなかシュールで良い。
まあとにかく、おばあちゃんズは何かについてずうぅーっとお喋りをしていた 。

少し離れた所で20歳ぐらいの女性がブルーのジャンパーを着て何かの看板を 掲げ、大きな声で言っている。
「ただいま新宿ルミネ7階におきまして、OO展を開催しております。本日が最 終日となっておりますので是非・・・。」
どうやらギャラリーの宣伝をしているらしい。人の流れは絶え間なく、彼女は流 れの中洲にいるみたいに見える。 中州にぽつんと立つ彼女は、決まった宣伝文句 を何度も何度も繰り返している。
繰り返しの行為はその先にまた別の発見をするものだが、彼女の場合、どうだ ろうか。 段々とコトバの意味が解体されていき、記憶から引っ張らなくてもそら んじられるようになり、慣れに油断してちょっと間違えて恥ずかしさに赤面して しまったり。
と、その喋りのひと呼吸、宣伝の顔・仕事の顔が消え、彼女の「素」の顔が表 れた。どこを見るともなくしばしの放心。そして思い出したかのように再び仕事 の我に戻る。
「ただいま新宿ルミネ・・・。」

まなざしをうつろわせる中、普段なら黙殺しかねないものから質問された。 「ヤフーやってる?」

目先を流れる甲州街道の自動車の河中、一台の観光バスに乗る少年に目が止ま った。野球帽を被ったその少年は好奇心たっぷりで新宿駅南口にまなざしを送っ ていた。 どこかで接した物語のひと場面のように、まさに両手を窓に張り付けて 、だ。
僕が初めて新宿に来たのは中学生になってからだった。東口の地下街から地上 に出たときに視界に飛び込んできた高層ビル群に目がくらくらしたものだった。 その衝撃は今でも忘れられないほどに鮮明だったのである。それまでにいくつか の都会を体験してはいたはずだが、新宿のそれは僕にとってあまりにも圧倒的だ った。 最近では頻繁に訪れる新宿との出会いである。
少年にとって、新宿との対面はどうだったのだろうか。

と、バスが過ぎ去り、頭上のビル群を目にしてふっと閃いた時に友人が来た。 「ごめんごめん、待った?」
「いや、そんなに待ってないよ。」

で、しばらくして、言った。
「目の前にあるビルが突然、倒れてきたら、みんなびっくりするだろうね。」

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